2025年度はクマが人里、特に市街地へ多数出没し、本年度に法制化し9月から運用が開始された「緊急狩猟」も既に多くの市区町村で行われています。こういった際、クマの駆除は民間のハンターが行っていますが色々と調べたところ、警察官もクマに対して銃を使うことは不可能ではないことが分かりました。しかし初めに書いておきますが 現実的に警察官がクマに対して銃を使うのは困難 であることが分かりました。
警察官が持っているはずの拳銃を用いてクマを駆除できないのか疑問に思っている方の参考になれば幸いです。なお、この記事は法曹でもない個人が書いていますので、特に判例等を読み込めているわけではありません。そこらへんの「一般人」でもこの程度は出来ますので、具体的な事例等を調べたい方はこの記事を基にどんどんチャレンジすればよいかと思います。
結論
- 警察官は業務上必要であるため銃を持ち歩ける
- 「警察の業務」に「クマを狩る」が含まれているとすれば不可能ではない
- 法的には可能だが現実には困難
狩猟免許と銃砲所持許可
まず初めに民間人が銃を用いてクマを狩るために必要な許認可等を確認しておきましょう。民間人が銃を用いてクマを狩るために越える必要のあるハードルは大きく分けて2つあり、
- クマを狩るための許可
- 銃を持つための許可
の2つに分けられます。まずは「狩猟免許」を都道府県知事から得る必要があります。これは銃刀法ではなく鳥獣の保護及び管理並びに狩猟の適正化に関する法律(鳥獣保護法)において定められているもので、以下の銃砲等の所持の許可とは別のものとなります。都道府県知事が発行するものでありますが、運転免許証と同時に全国で使うことが可能です。狩猟免許は環境省のページによると、
- 第一種銃猟免許: 散弾銃・ライフル銃を使用するもの
- 第二種銃猟免許: 空気銃を使用するもの
- わな猟免許: わなを使用するもの
- 網猟免許: 網を使用するもの
の4つに分かれています。筆記試験・適性試験・技能試験の3つを行い、狩猟を行う上で十分な能力を持っているかどうかをチェックされます。銃を用いる場合においては銃猟免許を取得する必要があります。合格すると3年間程度の有効期間を持った免状が手渡されます。
わざわざ言及しなくとも、日本において銃や刀を所有することは銃刀法(銃砲刀剣類所持等取締法)において厳しく規制されています。この法律ではまず全員の銃法等の所持を禁止した上でホワイトリスト方式で保有できる人の資格を列挙しています。この中において「狩猟、有害鳥獣駆除又は標的射撃の用途に供するため、猟銃若しくは空気銃」を所持しようとする者は、都道府県公安委員会の許可を受ける必要がある(第4条第1項)とされています。
この許可を受けようとする場合、狩猟を行うためには「猟銃等講習会」及び「射撃教習」を受けた後に(通常は)各警察の生活安全課へ、これの修了証明書・身分証明書・住民票の写し(原本)・顔写真・経歴書・同居親族の一覧・医師の証明書(銃刀法第5条に定める欠格条項でないことを示すもの)を提出する必要があります。大日本猟友会のページによると少なくとも70000円弱が必要で、これに加えて銃砲の購入や保管設備等の購入が必要であるとのことです。
また、実際に狩猟をするためには「狩猟者登録」を、狩猟を行う各都道府県に対して行う必要があります。これらを満たせば、狩猟が許可されている場所及び期間において、銃を用いてクマを狩ることが出来るようになることが出来るようになります。
なお、四国を除いてツキノワグマ及びヒグマは「指定管理鳥獣」ですので、都道府県によって程度は異なりますが通常とは異なる形で狩猟を認めています。詳細は環境省のページをご覧ください。
警察官とクマ狩り
民間人では以上のような、はっきり言って極めて面倒な手続きが必要とされています。これは自然環境の保護とのバランスを取る必要があるほか、猟銃の扱いを厳密にしておかなければ誤射による事故やルネサンス佐世保散弾銃乱射事件のような事件の発生を抑制することが難しいためだと考えられます。
しかし、警察官は職務の関係上民間人には取り扱えないような暴力的な各種装置を使用することが可能となっています。これにおいてクマを狩ることが出来ないかについて考えてみましょう。
警察法
警察法はその名の通り、日本において個人の権利と自由を保護し公共の安全と秩序を維持するための警察について定められている法律です。ここにおいては警察の責務や組織等について総則的に定められています。この第67条において
第六十七条 警察官は、その職務の遂行のため小型武器を所持することができる。
というように、警察官は「小型武器」の所持が、職務の遂行のために認められています。このため職務中ではない時に使うことが出来ませんし、当然ながらその職務に反したことに対しては使用することが出来ないようになっています。
警察官職務執行法
警察官職務執行法(警職法)は警察官がその職務を行うために、何を行うべきかを簡単に定めた法律です。全てで8条しかなく、第1条は目的ですので短いように思えますが、様々なことを包括的に定めています。このうち第4条では「避難等の措置」と題され、要するに「危ない場合においては、警告を発したり必要な措置を他人に取らせたり警察官が自らやったりすることが出来る」といった内容のものが定められています。
第四条 警察官は、人の生命若しくは身体に危険を及ぼし、又は財産に重大な損害を及ぼす虞のある天災、事変、工作物の損壊、交通事故、危険物の爆発、狂犬、奔馬の類等の出現、極端な雑踏等危険な事態がある場合においては、その場に居合わせた者、その事物の管理者その他関係者に必要な警告を発し、及び特に急を要する場合においては、危害を受ける虞のある者に対し、その場の危害を避けしめるために必要な限度でこれを引き留め、若しくは避難させ、又はその場に居合わせた者、その事物の管理者その他関係者に対し、危害防止のため通常必要と認められる措置をとることを命じ、又は自らその措置をとることができる。
2 前項の規定により警察官がとつた処置については、順序を経て所属の公安委員会にこれを報告しなければならない。この場合において、公安委員会は他の公の機関に対し、その後の処置について必要と認める協力を求めるため適当な措置をとらなければならない。
ここにおいてクマに関連するような条文を探すと「警察官は、人の生命若しくは身体に危険を及ぼ(中略)す虞のある(中略)狂犬、奔馬の類等の出現(中略)等危険な事態がある場合においては、(中略)特に急を要する場合において(中略)関係者に対し、危害防止のため通常必要と認められる措置をとることを命じ、又は自らその措置をとることができる」と書かれています。すなわち、 狩猟免許要らずでクマを警察官が自ら撃つことが可能 ということです。そこだけ抜き出すと「警察官は、人の生命若しくは身体に危険を及ぼす虞のある、狂犬、奔馬の類等の出現等危険な事態がある場合においては、特に急を要す場合において、危害防止のため通常必要と認められる措置を自らとることができる」といった感じになります。このようなことは実際行われるのでしょうか。
第4条のうちその後半の「関係者に対し、危害防止のため通常必要と認められる措置をとることを命じ、又は自らその措置をとることができる」という部分に関して、その前半部分においては「熊等が住宅街に現れ、人の生命・身体に危険が生じた場合の対応における警察官職務執行法第4条第1項の適用について」と題された警察庁による通達が行われています。
この通達において、「狂犬、奔馬の類等の出現」に「住宅街に熊が現れた場合」を含めており、周辺の人々を安全な場所に避難させた上で熊を猟銃で駆除することを「危害防止のため通常必要と認められる措置」として解されるとされています。また「ハンターが警職法第4条第1項に基づく警察官による命令に忠実に従い、危害防止のため通常必要と認められる措置として猟銃により当該熊等を駆除することについては、当該ハンターが刑事責任を問われることはないと解される」と明言しており、ハンターの違法性が阻却される要件についても考えられています。しかしながら 警察官が自らクマを狩猟することについては方針が見当たりません 。
警察官が自らクマを狩ることに関して記載が無いのは1週間前の10月24日に出された通達である「熊の出没による人身被害防止のための対応について(通達)」においても変わっていません。あくまでも市区町村判断を行う「緊急銃猟」に対して適切な協力をするよう求めているような内容となっています。また警視庁は拳銃はクマに対して効力が薄い旨の通達を出しており、法的には可能ではあるが避難誘導等を優先することとしています。
警察官等特殊銃使用及び取扱い規範
警察官等特殊銃使用及び取扱い規範は、国家公安委員会がその規則として定めたもので、政令よりも下位にある「特殊銃」を扱うための規則です。ここにおいて「特殊銃」という耳慣れない単語は、警察官が所持を認められている「小型武器」のうち、貸与される職務遂行上必要な装備品ではないもののことです。
いまいちよく分からないのですが、特殊銃を配備する警察官や部署については以下のように定められています。
第四条 特殊銃は、次に掲げる任務を遂行するものとして警察本部長が指定する機動隊その他の所属(以下「指定所属」という。)に配備するものとする。
一 社会に不安又は恐怖を与える目的で重要な施設を破壊する行為を防止するため、当該施設について、特殊銃を用いて警戒し、警備する任務
二 航空機の強取又は人質による強要に係る犯罪その他高度の対処能力を必要とする犯罪につき、特殊銃を用いて、これを鎮圧し、又はその被疑者を逮捕する任務
三 前二号に掲げるもののほか、凶悪な犯罪を予防し、鎮圧し、又はその被疑者を逮捕する任務であって、その遂行上特殊銃を用いる必要があると警察本部長が認める任務第五条 警察本部長は、指定所属に所属する警察官のうちから、当該指定所属に配備された特殊銃について、個別に、これを使用する警察官を指定するものとする。
2 前項の指定は、次の各号のいずれにも該当する者について行うものとする。
一 前条各号の任務に係る特殊銃の使用を的確に遂行するに足りる心身の能力を有する者であること。
二 特殊銃の使用及び取扱いに関し高度の知識及び技能を有する者であること。
すなわちいわゆるSATや(警視庁でいうところの)SITに対して、それらが扱うような犯罪に対して特殊銃を配備するようなことが想定されています。すなわち 特殊銃というのはライフル銃のようなもの(のうち小型武器として解釈が出来るもの)を指す ということになります。ここにおいて重要なのは、クマの駆除といったものは基本的に第4条のものには含まれていないということです。「その遂行上特殊銃を用いる必要があると警察本部長が認める任務」の中にクマの駆除が含まれれば可能となりますが、前例のないものとなりますし、基本的には機動隊を動かすこととなってしまいます。
総括
というわけで、まとめとしては「 警察官の職務として銃を使ってクマを狩ることは可能である が、 拳銃しか使えない 」ということになります。そして先述の通り警視庁は拳銃はクマに対して効力が薄い旨の通達を出してますので、クマに対して銃を撃ったところでむしろクマの注意をひいて警察官が襲われるようになるだけということが分かりました。
警職法のうち都合のいいところだけ抜き出せば、「警察官は、人の生命若しくは身体に危険を及ぼす虞のある、狂犬、奔馬の類等の出現等危険な事態がある場合においては、特に急を要す場合において、危害防止のため通常必要と認められる措置を自らとることができる」といった文章は書けはしますが、ライフルを使うことは出来ず、撃っても全然効果のない拳銃でどうにかするというのは無理があるでしょう。そして、先述の通り警察官はどうしてもライフル銃を扱うためには、民間人と同様のステップを踏む必要がある、ということです。
このため、警察官だからといって銃を無制限に使えるわけではないし、もし扱えたとしても一般の(?)ハンターと同様の条件であるということが言えます。警察官が住民の安全を守るためにパトロール等を強化は出来ますが、クマそのものを狩ることが出来ないというのにも納得です。
最後に
どう考えても警察官の職務ではないのに「警官は持っている拳銃でクマを狩れ!」といった論調が†SNS†で大変うるさいので調べて記事にしました。人生でクマを日常的に感じたことが無かったため、日本における狩猟法制やそこまで詳しくなかった警察官による銃の扱いについて詳しくなれて良かったです。ちょうど木原官房長官が「警察においてはクマに関する知識を習得し、訓練をした警察官の確保、装備・資機材の整備なども含め、ライフル銃を使用したクマの駆除について早急に対応していく」と会見で言及したらしいので、タイミング的にもちょうどよかったかと思います。
冒頭でも書きましたが、この記事では判例等に対して詳しく触れられていません。特に北海道において猟友会の態度が硬化する要因となった砂川市猟銃所持許可取り消し事件(砂川ライフル銃事件)の判例における指示の関係性などを見られていないので、実際にこれらがどういった運用が行われているのかは不明です。この記事を読まれた方にぜひ調べていただきたいと思います。
