2025年10月27日、参政党は参議院に対して「刑法の一部を改正する法律案」を提出しました。これは刑法に第94条の2を付け加え、日本国旗その他の国章を損壊等したものに対して罰則を与える規定を追加することを目的としています。
しかしながら、この短い規定を一読したところ、法的な不備と思われる点が多数見受けられました。私は別に法曹関係者ではなく、著作権の適用がない法律を無料で読めるので読んでいるだけの一般人なのですが、この記事が参考になれば幸いです。なお、本文中ではこの法案が達成しようとしている点に関しての賛否は取り扱っていません。本サイトの常ですが、「最後に」セクションにおいて個人的な意見を挙げていますので、合わせてお読みいただければと思います。
なお、法的解釈の誤りや議論するべき点がありましたら、ぜひ私のFediverseアカウント(@[email protected])にお寄せください。また、X等においてURL検索等をたまに(本当に思いついたときくらい)行っておりますので、URLを含めて投稿いただけると助かります。
結論
- 保護法益が不明瞭
- 「国章」が法的に定まっていない
- 過去の議論からの後退も見られる
刑法第94条の2
参政党が参議院へ提出した刑法の一部を改正する法律案は以下のようなものとなっています。ソースはこちら(PDF)です。
刑法(明治四十年法律第四十五号)の一部を次のように改正する。
目次中「第四章 国交に関する罪(第九十条-第九十四条)」を
「 第四章 国交に関する罪(第九十条-第九十四条)
第四章の二 日本国国章損壊の罪(第九十四条の二)」
に改める。第二編第四章の次に次の一章を加える。
第四章の二 日本国国章損壊の罪
第九十四条の二 日本国に対して侮辱を加える目的で、日本国の国旗その他の国章を損壊し、除去し、又は汚損した者は、二年以下の拘禁刑又は二十万円以下の罰金に処する。
附則
この法律は、公布の日から起算して一月を経過した日から施行する。
これは他の法律を改正するための法律案ですので、若干読みづらいところがあります。もしこれが可決されたとし、刑法が実際に改正されたとしたら以下のようになります。
目次
第一編 総則
第一章 通則(第一条―第八条)(中略)
第二編 罪
第一章 削除
第二章 内乱に関する罪(第七十七条―第八十条)
第三章 外患に関する罪(第八十一条―第八十九条)
第四章 国交に関する罪(第九十条―第九十四条)
第四章の二 日本国国章損壊の罪(第九十四条の二)
第五章 公務の執行を妨害する罪(第九十五条―第九十六条の六)
第六章 逃走の罪(第九十七条―第百二条)(中略)
第四章 国交に関する罪
第九十条及び第九十一条 削除(外国国章損壊等)
第九十二条 外国に対して侮辱を加える目的で、その国の国旗その他の国章を損壊し、除去し、又は汚損した者は、二年以下の拘禁刑又は二十万円以下の罰金に処する。
2 前項の罪は、外国政府の請求がなければ公訴を提起することができない。(私戦予備及び陰謀)
第九十三条 外国に対して私的に戦闘行為をする目的で、その予備又は陰謀をした者は、三月以上五年以下の拘禁刑に処する。ただし、自首した者は、その刑を免除する。(中立命令違反)
第九十四条 外国が交戦している際に、局外中立に関する命令に違反した者は、三年以下の拘禁刑又は五十万円以下の罰金に処する。第四章の二 日本国国章損壊の罪
第九十四条の二 日本国に対して侮辱を加える目的で、日本国の国旗その他の国章を損壊し、除去し、又は汚損した者は、二年以下の拘禁刑又は二十万円以下の罰金に処する。
まず、この法案に関しては新たな章を作っているという点に関して着目するべきでしょう。法令において「章」は何かしらの関連する条項を集めたものとなっており、それなりの重みをもっていると解釈され得ります。例えば刑法第4章においては「国交に関する罪」という章名が付されており、日本の対外的存立や国家による外交作用を保護するために定められている罪がまとめられています。ちなみに現在は削除されている第90条・第91条は戦後の第1回国会で削除されており、外国元首等への暴行等に関する規定が置かれていました。
次に「第94条の2」というものを追加していることに着目してみましょう。法令になじみに無い方は「の2」という表記が気になるかもしれません。これは他の法律から参照する場合、「なんちゃら法の第何条の規定に基づき~」といった手法を取っていることに主な理由がある表記方法です。条文を追加したり削除したりする場合、普通に考えると番号が繰り上がったり繰り下がったりします。
しかしながら、多数の法律から参照されている法律ですと、手動でこの修正を行うことが困難となってきます。可視化法学というサイトが分かりやすいのですが、刑法は多くの法律から参照されており、それらから「第何条の規定に~」といった形で参照されていますので、改正の度にこれらの参照もまとめて修正することは実務的に困難です。
これを軽減するためのある種ハック的手法として、この「~条の2」といったいわゆる 枝番 を使用する手法が存在します。やっていることはBASICの行番号と似たようなもので、既存の条にたいして「~条の2」、「~条の3」を付けることで、別の条と同じ扱いにしながら、繰り上げ・繰り下げを行わずに済ませるといった方法があります。ちなみに「項」とは異なる概念であることに注意してください。例えば上に示した刑法のうち「前項の罪は、外国政府の請求がなければ公訴を提起することができない。」といった文章は、「第92条2」もしくは「第92条第2項」といった形で表現され、これは(存在しませんが)「第92条の2」とは異なるものとなります。
なお、章に対しても同様の手段が行われています。刑法において特定の章の罪をまるごと参照している例があまり思いつかなかったのですが、刑事訴訟法や出入国管理及び難民認定法などでその例があります。
(刑事訴訟法)
第二百八条の二 裁判官は、刑法第二編第二章乃至第四章又は第八章の罪にあたる事件については、検察官の請求により、前条第二項の規定により延長された期間を更に延長することができる。この期間の延長は、通じて五日を超えることができない。
(出入国管理及び難民認定法)
第二十四条四の二 別表第一の上欄の在留資格をもつて在留する者で、刑法第二編第十二章、第十六章から第十九章まで、第二十三章、第二十六章、第二十七章、第三十一章、第三十三章、第三十六章、第三十七章若しくは第三十九章の罪、暴力行為等処罰に関する法律第一条(後略)
条文の位置
さて、この位置にこの規定が入ったことが適切かということに関して考えてみましょう。これに関しては2つの観点があり、
- 単独の章を作るほどか?
- 国交に関する罪の後に入れるのか?
といった点があります。まず、単独の章として作るべきかを考えた際に、これと関連している条文を考える必要があります。初めに刑法第92条で定められている外国国章損壊の罪、そして刑法第261条で定められている器物損壊の罪、また感情を保護するといった意味では刑法第24章(188条-192条)において定められた、礼拝所及び墳墓に関する罪について、今回の法案が関連しているかを考えてみましょう。
外国国章損壊の罪
始めに刑法第92条における外国国章損壊の罪の理解を深めていきます。外国国章損壊の罪の条文は以下のものです。
第九十二条 外国に対して侮辱を加える目的で、その国の国旗その他の国章を損壊し、除去し、又は汚損した者は、二年以下の拘禁刑又は二十万円以下の罰金に処する。
2 前項の罪は、外国政府の請求がなければ公訴を提起することができない。
ここにおいて、外国国章損壊の罪が実際に裁判となるためには以下のような要件の全てが必要とされています。なおこの章においては、違法性阻却事由(違法性)や有責性について考えないものとします。
- 外国に対して侮辱を加える目的
- その国の国旗その他の国章を損壊等の行為を行い
- 外国政府の請求があった場合
「外国」は外患誘致罪における「外国」と同様の解釈をしてよいと思います。「外患誘致で逮捕されたら――すぐ相談!」という記事に詳しいのですが、「外国」は領域・領民・主権の3要素が揃っていることが必要とされています。そのため日本が国家承認を行っていない国家(西サハラとか)から、「この行為を罰してください!」といった外交チャネルでの講義等があれば、それなりの対応が行われるでしょう。もちろん訴えられたとして弁護側は、公訴が要件を満たしていないと主張するかと思われますが、当該主体が「外国」であるかどうかは、政府が行う国家承認とは別にして裁判所が判断するものとなるかと思われます。
国会議事録を調べていきますと、これが議題に挙げられたものとして第28回国会衆議院外務委員会でのやり取りが挙げられます。ここにおいては「それなりの対応」というよりは若干冷ややかに思える対応を目指していたと思われる答弁が見受けられます。
これは1958年のものですので日本はまだ中華人民共和国を国家として承認していなかった時代のものとなります。第4次日中民間貿易協定に関する議論を行っており、大詰めを迎えている局面のものですが、この質疑の約1か月後に発生した長崎国旗事件等もあり、日本と中華人民共和国間の貿易は長らく止まってしまうものとなります。
○穗積委員 次にお尋ねしたいのは、第四項の国旗の問題でございますが、国旗の掲揚についてはこれはお互い中国は日本へ来て、日本は中国へ行っておのおの代表部に国旗を掲揚することを認め合う、こういうことでございますが、これについての外務省の最終的な態度、外務省というよりは政府を代表して明確にしておいていただきたい。日本政府としての態度はどういうお考えでございますか。
○藤山国務大臣 先ほど申し上げましたように、中共を承認しておりませんので、国旗としての権利を認めるわけにはいかぬと思います。しかしながら国内法の範囲内でもってそれを保護していくということは考えられることであります。
○穗積委員 そうしますと、東京へ来た中国の代表部が事実上毎日そこで国旗を掲揚する、その事実は認める。そしてそれがもし損壊その他を受けた場合には、日本国内法である日本国刑法の第九十二条によって保護する、こういう御答弁と解釈してよろしゅうございますね。
○藤山国務大臣 国旗を掲げる権利というものを認めるわけには参りませんけれども、しかしながら国内法の許す限りにおきまして、器物破損罪その他によってこれは保護されるものと思います。
○穗積委員 ちょっと今の御答弁が不明確でございましたが、私から申し上げますから、それでいいかどうか、お答えをいただきたいと思います。つまり国際法上の権利として国旗掲揚を政府は承認するという意味ではない。ただし中国の代表部が国旗を掲揚する事実について異議を申し立てたり、あるいは撤去を要求したり、引き下げることを要求したりはしない。そうしてもしその国旗に対して日本人あるいは第三国人によって損壊その他の害が加えられた場合には、日本国内法である刑法九十二条を適用してこれを保護する、こういう趣旨で間違いございませんね。
○藤山国務大臣 ただいま申し上げましたように国際慣例によります国旗としてこれを認めて、これの掲揚の権利を認めていくわけには参りません、未承認国でありますから。従ってそういうものを上げました場合に国内法における器物破棄その他の法律が適用されることだと思います。
○穗積委員 それではそういうふうにお伺いいたしました。
ここにおいては、「(1958年当時)中華人民共和国は未承認国家であるから、それの旗を「国旗」としては認めない。ただ、損壊等があれば国内等における器物損壊等が適用されるであろう」といった答弁がなされています。もちろん外交関係の濃淡(時の岸政権は中華民国寄りであった、というより反共思想が強かった)といった事情はありますが、少なくとも当時の政府は未承認国家に対しては冷ややかな対応を取っていたようです。
次に「侮辱」というのは刑法231条及び232条で定められている侮辱罪が、その判断の参考となるでしょう。侮辱罪は名誉毀損罪と類似した罪ですが、具体的な事実の摘示が無いという点で異なります。侮辱罪そのものは(被害者からの告訴が無ければ公訴棄却となる)親告罪ですが、「侮辱とは何か?」という判例が蓄積されているという点では参考になるかと思います。
この罪に問われた事例は、今のところ1961年に発生した1つの事案のみです。内容も、当時日本が国家承認を行っていた中華民国の領事館で、台湾独立運動(台湾島とその周囲を中国の一部分としてではなく、台湾として独立した国家としようとする運動。現在台北に置かれている政権はあくまでも中国全土の領有を主張している)を行う2人組が、「台湾旗」を国章の上に置き遮蔽したものが「除去」に相当するといったもので、あまり参考になりません。当時の裁判所は中華民国の国章を台湾旗で覆い隠す行為を侮辱とみなしたともいえます。
器物損壊の罪
器物損壊の罪は刑法第261条で定められており、条文としては以下の通りです。
第二百六十一条 前三条に規定するもののほか、他人の物を損壊し、又は傷害した者は、三年以下の懲役又は三十万円以下の罰金若しくは科料に処する。
また、第264条で、親告罪であることが定められています。
第二百六十四条 第二百五十九条、第二百六十一条及び前条の罪は、告訴がなければ公訴を提起することができない。
シンプルな条文です。箇条書きにすると以下の要件を満たす必要があり、
- 他人のものを
- 損壊等した場合で、
- 告訴があった場合
に公訴が行われることとなっています。判例は多量にありここで詳細な判例を示すことはしませんが、「他人のもの」ということがポイントとなっています。すなわち自分のものを破壊する分には(そして適切に処理を行う限りは)問題がないこととなります。
礼拝所及び墳墓に関する罪
礼拝所及び墳墓に関する罪は、単独の条文ではなく第2篇第24章を構成する複数の条文からなります。条文としては以下のものとなります。
第二十四章 礼拝所及び墳墓に関する罪
(礼拝所不敬及び説教等妨害) 第百八十八条 神祠、仏堂、墓所その他の礼拝所に対し、公然と不敬な行為をした者は、六月以下の拘禁刑又は十万円以下の罰金に処する。 2 説教、礼拝又は葬式を妨害した者は、一年以下の拘禁刑又は十万円以下の罰金に処する。
(墳墓発掘) 第百八十九条 墳墓を発掘した者は、二年以下の拘禁刑に処する。
(死体損壊等) 第百九十条 死体、遺骨、遺髪又は棺に納めてある物を損壊し、遺棄し、又は領得した者は、三年以下の拘禁刑に処する。
(墳墓発掘死体損壊等) 第百九十一条 第百八十九条の罪を犯して、死体、遺骨、遺髪又は棺に納めてある物を損壊し、遺棄し、又は領得した者は、三月以上五年以下の拘禁刑に処する。
(変死者密葬) 第百九十二条 検視を経ないで変死者を葬った者は、十万円以下の罰金又は科料に処する。
章名が「礼拝所及び墳墓に関する罪」となっている通り、礼拝所に関する罪と墳墓に関する罪の2つが組み合わされているものとなります。このうち感情を保護する色合いが強い礼拝所に関する罪(第188条)について、その要件を箇条書きにしていくと、
- 以下のいずれかを満たした場合、
- ①
- 礼拝所(寺社等)に対して、
- 公然と不敬な行為をした場合
- ②
- 説教や礼拝、儀式に対して、
- 妨害を行った場合
- ①
- 罰する
といったものとなります。直接人が関わっているであろう説教等の妨害に対する方が法定刑がより重いものとなっています。「不敬な行為」であったり「妨害」であったりは、行われた行為がそれにあたるかどうかに関して都度裁判所が判断を行う形となっています。
これらの規定によって保護されているものとして、国民の宗教的感情や、死者に対する尊敬の感情が挙げられています。「感情」が保護の対象となっている珍しい条文となっているかと思います。なお、第192条に関しては性質が異なっており、人の死因を明らかにする必要のある司法的な利益の保護が対象となっているとされています。このように、同じ章の中に異なる性質を持つ条文が含まれることがあり得はします。
日本国国章損壊の罪の構成

今回提出された「日本国国章損壊の罪」の条文は以下となっています。
第九十四条の二 日本国に対して侮辱を加える目的で、日本国の国旗その他の国章を損壊し、除去し、又は汚損した者は、二年以下の拘禁刑又は二十万円以下の罰金に処する。
これは
- 日本国に対して侮辱を加える目的で
- 日本国の国旗などの「国章」に対して損壊等の行為を行った
という条件を満たした場合、拘禁刑もしくは罰金となるといったものとなっています。ここにおいてまず目につくのは外国国章損壊の罪と比較して、政府からの請求が不要となっているという点です。
一応公訴提起を行うのは国家機関たる検察ですので、国家が行っているとみなすことも可能です。また、国が司法警察職員(警察官など)に対して告訴を行うことも不可能ではない(例えば国有財産に対する窃盗・横領や公文書偽造で国の利益が害された場合など)です。とはいえ、実務的にはまず無いため不要となっているという点に関しては許容されうるでしょう。むしろ国の指示によって恣意的な運用がなされた場合こそ問題となりうるでしょう。
次に問題となりうる点としては「日本国に対して侮辱を加える目的」が必要とされている点です。これは外国国章損壊の罪に対応するようにして追加したものと思いますが、客体が国となるうるということとなります。あくまでも国に対して侮辱を加える目的にのみ対して罰する規定とされているため、「日本国民」を侮辱する目的においては、これらの条項が適用されないと解するのが自然であると思われます。
また後ろで詳細に議論しますが「国章」の定義が不明瞭です。このため公訴において損壊等の行為が行われたものが「国章」に当たるかどうかについて争われるものとなる可能性が極めて高いといえるでしょう。ただし、「国章」が誰のものであっても、例えば画用紙に赤い丸を自分で書いたものをビリビリに破ったとしても罪に問われ得る点も注目するべきポイントでしょう。
これまでの議論を比較のため、簡単にまとめるとこのようなものとなります。
| 着眼点: | 客体 | 何を保護するか | 公訴の条件 |
|---|---|---|---|
| 外国国章損壊の罪 | 外国の国章等 | 日本の対外的存立や国家による外交作用 | 外国政府の要請 |
| 器物損壊の罪 | 他人のもの | 物に対する財産権 | (基本的には被害者からの)告訴 |
| 礼拝所不敬罪 | 礼拝所 | 国民の宗教的感情 | なし |
| 日本国国章損壊の罪 | 日本の国章等 | 不明 | なし |
以上のことから、上に示した3つの罪いずれとも類型が大きく異なることが分かります。そのため本質的には新しい章を作ることが必要とされるでしょう。
では、この条文を第4章の後ろに入れることは適切なのでしょうか。先に説明した通り「枝番」を使用することはある種のハック的手法としては問題ありません。しかしながら客体が国である場合、刑法第2篇の第2章や第3章で定められている、内乱や外患に関する罪との関連性がより高い(どちらも国の存立に関係する罪)であるといえます。
どちらかといえば内乱に関する罪である「国の統治機構を破壊し、又はその領土において国権を排除して権力を行使し、その他憲法の定める統治の基本秩序を壊乱することを目的として暴動をした者」に近いような気がします。これらと国章等の損壊が釣り合うかどうかは分かりませんが、無理にねじ込むのだとしたら第2章の後ろに「第2章の2」と「第80条の2」を作るといった方が、形態としてはよりすっきりするのではないかと思われます。
ここに関しては国会で議論されるべきことですので、詳細まで踏み込みはしませんが、「六法」の1つに新たな章を加える以上慎重に行った方が良いものかと思われます。
保護法益
条文等の中身にほぼ触れず、形式等に関しての議論が長くなってしまいました。ただ、上でも軽く触れましたが「この法律は何を守ろうとしているのか?」といった点が今のところ不明瞭です。刑法論の詳しい議論は専門家の皆さんにお任せするとして、犯罪の本質は法律によって守られる利益( 保護法益 )の侵害であるという説(法益侵害説)が有力な説として知られています。
反対に言えば、 守られる利益が無ければ法律は定められるべきでない といえます。「何でもしてよいという前提があり、これに対して禁止事項を定めていく。なぜなら禁止事項を禁止することで、その禁止による不利益を上回る利益が(公共の福祉・社会一般に対して)存在するため」といった形で法は定められて行っているということです。殊にこの「日本国国章損壊の罪」法案に関しては罰則規定があり、人の自由を奪いうる法律ですので、慎重に検討する必要があります。
議会に法案を提出する際に同時に提出される「法案提出の理由」に関しては どの法律に関してもそうですが 実質的な内容が無いため参政党が日本国国章損壊の罪の法案を出した際の報道等を見ていきましょう。産経新聞によると、神谷宗幣参政党共同代表は「他国の国旗も、わが国の国旗も、大事にされなければならない。同じように扱うといった至極全うな要求」であるとしており、「人権はすべて公共の福祉による制約がかかる。(国旗の損壊で)国をおとしめられ、多くの人権も傷つけられる。表現の自由で認められるものではない」としています。
ここから保護法益を考えていきますと、「国家の権威を毀損されたことに対応するため」といったところになるでしょうが、これは外国国章損壊の罪とは大きく異なるといえます。他国の国旗等を毀損すると十中八九外交問題になりかねず、日本の外交的利益が損なわれることが外国国章損壊の罪の根拠とされていますが、日本国内で日本の国旗を毀損したところで外交問題とはなりません。国がわざわざ罰則付きで、国民の精神的自由権を狭めてまで国内での権威を守る、というのも現状の憲法になじまないものとなってしまいます。
というわけで、現状においては何を守ろうとしているのかは不明瞭です。もちろんより細かく「国旗等の国章を貶められたことによる、一般国民の感情」を保護するものとしての主張を行い得りますが、この主張においては
- 国旗等が貶められたら、多くの国民が嫌な気持ちになり
- それが憲法の定める表現の自由を狭めた上で、守るべきものである
という2つの論点を通す必要があります。このいずれかだけを示すことだけでも困難なことであると思われますし、この困難な2つの山を乗り越えてまで行うことでしょうか、といった疑問もあります。ここにおいて保護法益の議論は私1人で行っていますので、あくまでも一例ではありますが、これは「保護法益が不明瞭すぎる」といった面を間接的に示しているものであると思われます。
国章の定義
ここまで深く触れてこなかったのですが、この法案において「日本の国章等」が対象となっています。ところで2025年現在、日本において 「国章」の定義はありません 。そのため、「国章等」が何を指すかは全くもって不明です。
一応国旗及び国歌に関する法律において、日本の国旗については定められています。しかしながら、「国章」については定義はありません。確かに
- パスポートには一般的に国章が描かれており、日本のものについては「菊花紋章」が描かれているから、「菊花紋章」は国章等に含まれる
- 慣例的に日本の内閣総理大臣の紋章には五七桐花紋章が描かれており、内閣総理大臣は国家元首として振舞う場合もあるため「五七桐花紋章」は国章等に含まれる
- 海上自衛隊の規則においては「天皇旗」があることが前提とされており、慣用的に同一の形式の旗が天皇がその船に乗っている際に掲げられている
といったことは考えられます。しかし、あくまで「考えられる」だけなのです。そのため、実際に運用を始めてみなければどういったものが「国章等」と判断されることは不明瞭で、判例を積み重ねていくしかないといえます。
ここで問題となるのが「罪刑法定主義」との関係性です。罪刑法定主義とはその名前の通り、「何が罪となるか」と「どういった刑を科すのか」という2つが法で定まっている必要があるといった主義のことを指します。「国章等」が不明瞭である以上、何かの紋章っぽい何か全てがその対象となってしまいうると解釈することが可能となってしまいます。これは明らかに「定まっている」とは言えない状況でしょう。
2012年の「国旗損壊の罪」法案
実は2012年に、自民党の議員から今回の刑法改正案に類似した「国旗損壊の罪」を新設する法案が提出されています。この「国旗損壊」というところがポイントで、河野太郎氏のブログによれば、
我が国では国旗以外の国章が明確でないということから対象は94条(92条の誤字?)と違って国旗のみとされ、刑罰その他は94条(92条の誤字?)と同じになっている。
とされています。すなわち上で説明した、日本において「国章」の定義がないという問題を認識した上で、まだ現実的な方向性に舵を切った上で法案が衆議院へ提出されています。衆議院のサイトに本文がありますので読んでいきましょう。
第一八〇回
衆第一四号刑法の一部を改正する法律案
刑法(明治四十年法律第四十五号)の一部を次のように改正する。目次中「第四章 国交に関する罪(第九十条-第九十四条)」を
「第四章 国交に関する罪(第九十条-第九十四条)
第四章の二 国旗損壊の罪(第九十四条の二)」に改める。
第二編第四章の次に次の一章を加える。
第四章の二 国旗損壊の罪
第九十四条の二 日本国に対して侮辱を加える目的で、国旗を損壊し、除去し、又は汚損した者は、二年以下の懲役又は二十万円以下の罰金に処する。附 則
この法律は、公布の日から起算して二十日を経過した日から施行する。
基本的には今回の参政党が提出したものと差がありません。追加している条項の場所に関しても同じものとなっています。どちらも外国国章損壊の罪の条文をベースとしているとみられることから似たような条文となっているかもしれません。しかしながら、上記の「国章」が不明瞭である点がしっかりと考慮されており、より成立しやすい成熟した法案となっているといえます。
ただ、これに関しては提出されたタイミングが悪く、本会議までいかず審議未了で廃案となってしまっていますので、今回の議論において参考に出来ることが少ないという点が挙げられます。ここにおいてより議論が行われていた場合は、今回の法案のポイントがより明瞭になったがためだけに残念と言えるでしょう。
関連リンク
- 刑法の一部を改正する法律案 - 参議院
- 「日本国国章損壊罪」について思うこと - 名古屋市中区の弁護士法人 金岡法律事務所
- 参政党提出の「日の丸損壊罪」で何が起きる? 表現の萎縮が「漫画やアニメ」にも波及するおそれも - 弁護士ドットコムニュース
最後に
個人的にはこの改正案には反対です。保護法益があまりに不明瞭で、かつ定まっていない国章の毀損等に関してまでも対象としているこの罪を易々と通す国会議員(もしいたとして)に票を入れたつもりはありませんし、主権を持つ者として嫌悪感に近い感情を抱いてしまいます。検察官が裁判官に「日本国に対して侮辱を加える目的」であったと認めさせる手間を考えたとしても、これを法として定めるにはあまりにも勇み足が過ぎると言わざるを得ません。
法的な不備に関して、上に挙げた通り一読しただけで多数の問題点があります。しかしながら、各議院には法制局と呼ばれる組織(内閣法制局とは異なる)が存在しており、議員からの立法提案に際してその補佐を受けるはずです。そこらの一般人が指摘できる程度の問題点ですらこれだけあるため、ある種「専門家」である参議院法制局の方からはこれ以上の指摘を受けていることでしょう。参政党はそうした指摘を押し切って提出したものと考えられ、傍目から見ると 法律としてまともに成立させる気があるのか疑問 であり、実効性のある法として機能させようとしているのかすら疑問です。
また、国章等を保護の対象として加えているというのも特徴でしょう。先述の通り2012年に自民党から類似の法案が提出された際においては日本において国章が明瞭に定められていないといった問題点が挙げられていました。マスコミにおいては「日本国旗損壊罪」といったような形でくだけた表現を使われていますが、私としては皇室の紋章である 菊花紋章(十六葉八重表菊)も保護の対象に含めようとしているのではないか とは思います。
「国章」は法的には定められていないものの、実運用上は菊花紋章と五七桐花紋章が日本の「国章」として使用されています。日本において国旗と国歌を定めている国旗国歌法制定前である沖縄国体日の丸焼却事件(1987年)において、裁判所は「日の丸は国旗である」ことを認めました。もし「日本国国章損壊の罪」が出来てしまった際においては、菊花紋章が「日本の国章」として認められる可能性が高いでしょう。弁護士は日本の国章ではなく皇室の紋章を毀損しただけであると主張するかもしれませんが、これが通るかどうかは微妙なところです。そうなると、遠回りではありますが 「不敬罪」の部分的な復活 、少なくとも類似の効果を生み出すとみなすことも不可能ではありません。
特定の紋章に対して敬意を払うべきというのは全ての紋章に対して言えることで、日の丸や菊花紋章だけを特別に保護する必要は、戦後日本においては特に不要なものでしょう。(竹山氏自身は日の丸に限った話をしていますが)カンニング竹山氏が「モラルの問題」というのはもっともなことだと思っています。今後も「不敬罪」がネタで済み、大昔の遺物として扱われる、自由な世の中が続いていくといいと思っています。