接道間口0.3mの細長い土地の謎、札幌市豊平区美園の売土地

札幌の住宅街にある細長い土地は謎の分筆とその後の土地売却時の失敗に起因か / 2026年04月26日

札幌市豊平区美園は、札幌市の中心部から南東に数キロメートルほど離れた立地であり、地下鉄東西線・東豊線によって良好なアクセスが提供されている住宅街です。この住宅街の真ん中において、接道間口がわずか0.3メートルであるにもかかわらずもう一方は6メートルもある 細長い土地が売土地として出ている ことを知り合いが発見しました。

この土地がどのようにして生まれそして「孤立」していったのかを、登記情報を主体に簡単に追ってみました。関係者等に関して聞き込み等を行ったわけではありませんので、厳密ではないところがあるかもしれないのですが、参考になる方がいれば幸いです。

結論

  1. 0.3メートル×6メートルのやたら細長い土地が札幌の住宅街に存在
  2. セットで売られた土地の片割れが孤立してしまっている
  3. 分筆をした原因は不明

道に接しているのは0.3メートル

先日、知り合いであるなまむぎが以下のような広告を発見しました。札幌市豊平区の住宅街という立地としては問題のなさそうな土地ではありますが、 0.3メートル×6メートルという極めて細長い土地 であり、どのように活用するかどうかすらも想像がつきません。

当該広告を見る限り、2025年2月から受け付けているとのことですがまだ成約には至っていないようです。この不動産屋さんが販売している土地としては極めて安い部類の土地ではありますが、異様に細長いこの土地が成約に至るのは困難であると思われます。

登記所備付地図で当該の土地周辺を見てみると以下のようなものでした。ここから売却されている土地は15-4で示されているものであることが分かります。

登記所備付地図及びOSMのデータを基に、当該の土地を示した地図。

先に示した広告を初めて見た際、パッと思いついたのは旗竿地の「竿」の部分のみが何らかの理由が売られているということを思いつきました。しかしながら、0.34メートルというのは都市計画地域内で求められる接道間口2メートルの要件を全く満たしていません。当該地域周辺は確かに都市計画区域内ではありますが、これでは接道間口の要件を満たすことが出来ないため単体ではこの土地に建築を行うことは出来ませんし、備付地図を見る限り「旗」となる土地は存在していません。

また、 ほぼ同じ形の土地(15番地5)がすぐそこに存在している ことも明らかとなっています。こちらに関しては売りに出されている情報を見つけることが出来ませんでしたが、この土地の成り立ちを探る上で重要なポイントとなりそうです。

では、現在これらの土地はどのようにして使われているのでしょうか。Googleストリートビューで確認すると、以下のように縁石で区切られていたりブロック塀の用地として使用されていることが分かります。

土地として積極的に利用されていない様子ではありますが、特に15番地4は縁石でその両端が区切られています。つまり周辺の土地所有者はこうした土地が存在していることを認識していることが分かります。

土地取引と分筆

この土地がどのようにして作られたのかを調べるため、不動産登記を調べることにしました。この土地周辺の登記15番地1~6の全部事項を取得するに2160円を課金し見てみると、この土地が作られた複雑な光景が見えてきました。

これらの土地の分筆や所有権移転の情報をまとめたものは以下となります。一部省略している場所や、基本的に苗字でまとめていますので分かりにくい箇所がありますが、参考になれば幸いです。

登記簿等から作成した分筆や所有権移転等をまとめたWebPアニメーション。5秒に1枚ずつ変化。

3番地・4番地に関する取引については気になる点があります。1980年6月6日にM氏からT氏に所有権が移転していますが、原因は贈与となっています。M氏の住所とT氏の住所は大きく異なっており、名前の相違からも一般的な贈与が行われる関係として考えられる親戚関係にあったとはにわかには思えないものとなっています。

もっとも借地権(もしくは土地上にある建物に対しての借家権等)の設定が行われていた可能性があり、賃借人へ譲渡を行って権利関係の整理を行ったという可能性もあります。また、M氏とT氏が遠戚であった可能性も十分に考えられます。個人的には別ルートで送金を行う形で印紙税の削減を行ったような気がするのですが、現在となっては確認のしようがありません。

また15番地3は2000年に有限会社Iに売却された後K建設を通して最終的に個人に売却されています。この個人であるY氏を債務者とした3200万円の抵当権が15番地3に設定されているので、ローンで購入したものと思われます。Y氏の住所は2019年に東京都へ転居するまで当地とされていますので、居住用としてY氏が購入したものでしょう。

15番地4が先の広告で売ろうとされているのは、 2000年の有限会社Iへの売却時にT氏が15番地4をセットで売却しなかったことが遠因 と考えられます。相続した土地を再度確認したところ、「美園の土地」を全て売却したと思っていたら、15番地4は自分の手元に無いことに気づいたので慌てて不動産屋に売却の仲介の依頼をしたというところでしょうか。これほど狭い土地であれば(他にT氏が札幌市内に不動産を保有していなければ)免税点以下でしょうし、2013年の相続登記が2024年に行われたこととも合点がいきます。

ではT氏は有限会社Iに15番地3と4をセットで2000年に売却しなかったのでしょうか。不動産を取り扱っている企業が周辺の土地を調べることなく売却することは恐らくないでしょう。さらには登記所備付地図を見ただけで気になるような筆を見過ごすわけないと思います。ただ、T氏自身は15番地3と4はセットで買い受けた自覚が無く、「美園の土地」としてひとまとめに考えていたのかもしれず、業者は2.3平方メートルの土地を抱えてしまうことを嫌がり、「美園の土地」と言いながら15番地3のみを買い取ったのではないかと考えています。これに関しても第三者である私は確かめようがありません。

なお、地理院地図において当地の航空写真を確認することが出来ますが、1970年代以前のものは不明瞭であり、建物の増改築などを行ったかは不明瞭です。今回の調査においては建物登記までは調べていないので事実関係は明らかでないですが、もしご存じの方がいらっしゃればご連絡いただけますと幸いです。

なぜ細長い筆が作られたのか

さて本題として15番地4・15番地5の細長い筆がなぜ作られたのかという問題が残るわけです。先の登記を見る限り、1979年8月22日前後に相次いで15番地2の分筆が行われており、1980年の贈与以前に15番地5・6の所有権を取得しているH商事の売買とほぼ同タイミングであるということに着目してみましょう。

H商事は作られた細長い筆である15番地5と、通常の整形地である15番地6の双方を適切に管理しており、2016年12月21日に行われたH氏への譲渡もどちらかが取り残されることなく同時に行われています。H商事の売買は分筆以前の1979年8月8日に行われており、裏を返せば15番地5を欲しがっていたとも考えられます。これは15番地5には15番地6を活用するために必要な何かが備わっていたと考えられるのではないでしょうか。

私が思うに、水道管や電気の引き込みなど、インフラの整備が15番地4・15番地5において既に行われており、これらの権利を明確化するために別の筆として登記したことが考えられます。とはいえ乙区にそのような旨の登記はありませんでしたのであくまで可能性にすぎません。また、そうであるならば15番3だけが取引されてしまった謎が残ってしまいます。そのため現在においてこのような 細長い筆が作られた原因は不明 という他ありません。他に詳しい情報をお持ちの方がいらっしゃれば情報を提供いただければと存じます。

最後に

というわけで若干の消化不良ではありましたが、簡単に出来ることとしてはこの程度かと思います。さすがに親族でもない人に戸籍謄本等を開示する役所はもはや日本にはないでしょうし、土地を買う予定もないのに不動産屋さんに連絡するのは明らかに迷惑行為ですのでやめておきました。

また、この土地の具体的な地番を出すのは若干躊躇しましたが、簡単に特定可能であることに加えて分筆が重要なテーマとなっているため住所を若干ぼかしつつ紹介することにしました。この記事を読んで現地に行かれる方がもしいらっしゃるのであれば、くれぐれも周辺住民の方などに迷惑をかけないよう(周辺は住宅街です)お願い申し上げます。

最後になりますが、この細長い筆が作られた理由は結局のところ明らかになっておりませんので、今後とも情報がありましたらFediverse(@[email protected]などにいただけますと幸いです。また運営者への贈与ページにある手法で登記情報提供サービス代のサポートをいただけると大変にありがたいです。最近ではJPYCを用いて、日本円と等価な電子決済手段をPOLアドレスへと匿名で投げることが可能となっていますので、押しつけがましいようですが検討していただけますようお願いいたします。

Writer

Osumi Akari

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